思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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あなたは どこですか?

これを読んでいる あなたは どこですか?

[今、ここ]でしようか?

では これを読んでいる あなたは 目を使って読まれていると思いますが 目は あなた ですか?

いいえ あなたではありません。 [あなたの目]なのです。

では指を 動かしてみて下さい

指は あなた ですか?

いいえ あなたではありません [あなたの指]です

あなたとは 目を使って[見ているもの]であり 指を[動かしているもの]なのです。

では 脳は あなた ですか?

いいえ あなたでは ありません。 あなたの脳 です。

ここまで 来れば 反論が 起こることでしょう。 脳がなければ 意識が生じないと 考えられるからです。

しかし 脳は あなた ではありません。 あなたとは むしろ 『脳がなければ 意識が生じない』と "考えているもの"の方 なのです。

もし 『脳がなければ意識がないゆえに 脳を自分』と 考えるならば、 何故 『水も 自分』と考えないのでしょうか? 水がなければ あなたの意識は 働いていなかったでしょう。

おそらく 議論は 循環するものと 留まっているものの 区別へと向かうのでしょうが 真実は ここに あります。 【理性の位置】を知り アルチュール・ランボーの言った【我は 他者なり】へと 通じる領域なのです。

すれば 脳科学者の 研究領域とは かなり限定されたものであって、 現在の 間抜けな学者気分の説明が どこかが 判別できることでしょう。



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  1. 2010/07/22(木) 14:01:12|
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