思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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からくり人形 愛知県

2006年の文部科学省の「いじめの発生率」調査によれば、小中高の千人当たり、都道府県別の最多は愛知県の3.4件、最少が福島県の0.1件で30倍ほどの開きが現れたらしい。しかしこれを単純に、いじめ発生率の差とは言いきれず、調査側の意識の差が関係している可能性も充分考えられよう。ただし、その調査の結果に差が出ていることは、生徒や教師など様々な要因が合わさった県民性のちがいを示していると言えるのである。

そこで愛知県の特殊性を私なりに考えてみた。それは「からくり人形」や「自動車産業」である。おおよそ近代日本では、力学的社会観のような雰囲気が促進されてきたのだが、その力学的社会観の文化的環境下で、特に愛知県の場合は、メカニックな人間観を抱いてきたのではないかと思われるのである。

そのメカニックな人間観とは、【個人(自分自身)と社会】の解釈図式が強固となり、社会参加のために、自身がメカニックな創意工夫をして行こうと考えるものである。それは、からくり人形を目標とする自己工夫のようなものである。しかしそれは、各人が機械的になろうと努力すると言う意味ではない。自己自身を含めて周辺他者たち各人も、"それぞれが自身の創意工夫を施す"と言った人間観を抱き、また周辺他者については各人が"漠然とした社会の圧力"を見る社会観を抱くと言った意味である。

つまり愛知県では、様々な人脈闘争や文化闘争への新たな参戦については疎く、個人の創意工夫や漠然とした社会にたいする圧力に気を使う県民性ではないかと考えられるのである。

たとえば、愛知県出身のあみんがヒットさせた「待つわ」82が、いい例である。「待つわ」では「かわいいふりしてあの子 割とやるもんだねと 言われ続けたあの頃 生きるのがつらかった」と歌われているが、その言っている人を社会の一部分と捉え、その人物がどういうタイプで、どういう友達関係にあり、またどういう人脈にあるのかを監視できないのである。また「いつまでも待つわ 他の誰かにあなたが振られる日まで」と、個人と漠然とした社会の対比の方が強固なのである。

同じ82年大晦日の紅白出場、東京近郊の三人組シュガーの「ウェディングベル」と比べてみれば、元彼が婚約者を自分に見せつけること、つまり元彼が婚約者と自分の両者の双方の視線を見計らっていることをテーマにし、しかも「くたばっちまえ アーメン」とやさしい口調ゆえに恐ろしさの増す当てつけが示されている点で、見計らい人脈の闘争状況が描かれた社会観にある。

全国的なツッパリ志向についても全く愛知県は別格であり、アラジンの「完全無欠のロックンローラー」81なんかを育てしまう文化なのである。ボーカルの方は富山県出身なのだが、名古屋の大学が育てた独特のツッパリに相当するのだ。また、「なめ猫」81なんかを育てたのも愛知県らしいから驚きである。

一体、愛知県の特殊性とは何であろう?もともとツッパリとは、社会の特定の集団や特定の理念のようなものにたいしてツッパるものなのだが、愛知県では社会を漠然として見ているため、自らがツッパる特定された限定的対象については、よく知らないままにツッパらざる負えなかったのである。そんな愛知県のツッパリの可愛さを見逃さない人物がいるのも、また愛知県なのだろう。「あたいら女に無視されて」とはやし立ててくれるし、さらに「なめ猫」に発展させて可愛がってくれるのである。また愛知県出身の鳥山明の「アラレちゃん」80も、漠然とした社会的圧力に立ち向かう個人として表されたものである。アラレちゃんの寄り目は周辺他者の個人個人を見るが、個人個人の力関係を見るのではなく、その背後の得体の知れない漠然とした社会的圧力を不思議そうに見る目なのだ。

確かに愛知県は焦点を絞った社会的圧力には全く鈍感だが、漠然とした社会的圧力については優れている。全国的には日本文化の先導役と見なされる東京文化にたいして、愛知県では限定された勢力と見る。たとえば「待つわ」の「青く広いこの空 誰のものでもないわ」などは、東京中心文化の日本文化を代表しているような雰囲気にたいして、まるで日本文化は東京のものだけではないかのように訴えるような物の見方である。東京や大阪の地域勢力闘争と闘うことに気を使うよりは、もっと漠然とした全体的な闘争圧力を感じる愛知県なのであろう。まさに全国区では焦点を絞ったツッパリが登場したが、愛知県では焦点が定まらないツッパリを創造したのである。

東京近郊の三人組シュガーに比べれば、焦点的な社会的圧力に鈍感であった愛知県のあみんだが、彼女たちの直立不動性とは、舟木一夫や夫婦デュオのチェリッシュ、そして兄弟デュオの狩人などとつながっていた愛知県性なのだろう。また直立不動性とは、得体の知れない漠然とした社会的圧力に囲まれた個人を象徴するものでもある。やがて80年代以降の価値多様化などにより全国的にも焦点の定まらぬ社会的圧力が感じられるようになると、あみんのメンバー岡村孝子は「夢をあきらめないて」87のヒットとなって【個人と漠然とした社会】の社会観を示している。

また愛知県のフィギュアスケート女子、伊藤みどり、浅田真央、安藤美姫の活躍にしても、80年代以降の多様化された社会状況の中で、【個人と漠然とした社会的圧力】を共有しうる環境を保てた愛知県文化ではなかったろうか?全般的に漠然とした社会的圧力にたいする個人の輝きに目標理念を置ける文化のため、フィギュアスケートに励む側も周囲の支えを感じ、その創意工夫へ向かい易くなるのであろう。全国的な風潮は、様々な多様化された評価にさらされるため、自らはどこかに従属して安定を保とうと、随時発行される情報収集に気が回ってしまい、漠然とした社会への自己表現に集中しにくくなると考えられる訳である。愛知県のフィギュアスケートとは、様々な勢力を観察する注意力を吹き払い、漠然とした社会的圧力に囲まれた個人を思い描かながらなされるものだろう。

その愛知県の特質と思える、様々な人脈に焦点を当てる闘争意識を避ける傾向とは、おそらく目まぐるしく変わる人脈勢力の不安定性への注意であろう。デュオグループ、ザピーナッツは姉妹、チェリッシュは夫婦、狩人は兄弟、あみんは学友であり、ある理念進出のために交渉して集まったデュオではなく、生活基盤の上に被る理念なのである。身内重視の閉鎖性を感じるかも知れないが、無反省な東京中心主義志向にも偏らないのである。

愛知県民は中央での天下取りには目標を置かない。故郷の愛知県へ向けて自らの出世を見せるよりは、ある程度の参加が出来れば満足なのである。自分の参加場所と過度の気を使わない場所があれば、出しゃばることはない。新たな人脈従属化は弱く、マイペース生活の確立に力を注ぎ、新たな社会的圧力を避ける傾向にあると思う。

最近売れている「思考の整理学」なども、不透明な現代社会の中、個人の新たな創意工夫の参考書のようなものと思えるが、その著者である外山滋比古も愛知県出身である。様々な人々が社会状況をあれこれ解説してくれる中で、今後の自分にとって、どれが役に立つのかさえさっぱりわからず、【漠然とした社会状況の中の個人】が意識され始められ、人々が求めたのが、愛知県性が含まれた「思考の整理学」なのかも知れない。



さて問題は、いじめ発生率調査における愛知県の最多状況である。調査側も教員同士による人脈工作については別に関心がなかったため、発生率を低く抑える工作意識も他県に比べて乏しかったのかも知れない。しかし愛知県のいじめ状況は【漠然とした社会的圧力】の見方により、他都道府県とは異なっていよう。最少の福島県の場合を考えれば、それは「会津磐梯山」の女性から男性へ向ける茶化しやら監視があるように思える。いじめっ子がいれば、白虎隊や野口英世のような社会意識のない、自分の勢力の見せつけしか考えれないかわいそうな人と見なされるのかも知れない。

しかし愛知県では個人の創意工夫が重視されるため、いじめについての監視視線が共有化されないのである。また80年代以降の多様化により人それぞれの評価を下すようになるのだが、その自らに向けられた評価を特定の他者と見て、他の集団への従属化を試みる方法が採りづらいことであろう。愛知県の集団従属化とは、無意識的な気の合う仲間、あるいは個人の創意工夫による参加であり、様々な目まぐるしく変わる人脈の闘争を経験した上での、相互の敬遠意識が働く新たな人脈形成には疎い。一旦いじめが生じた際には、大多数は素朴な個人的創意工夫の集団従属にあるため、取り残され進行を深める危険性が高くなりやすいのだろう。この愛知県の特質の反対にあるのは、人脈闘争を随時観察し、自らの社会参加を狙いすます福岡県であろう。福岡県の見栄張りとは、単なる相手の圧力に負けまいとする個人的創意工夫ではなく、互いに相手の見栄張りを眺め合う人脈背景を視野に入れた独特の敬遠意識が働いたものなのである。


つまり愛知県は、自らの【個人的創意工夫】の重要視や【保守的人脈】の重要視の有無について互いに確認し合うこと、そしてそれに伴う現代の多様化における"周辺他者から下される様々な自己評価"についての意識実態調査を試みるのが、よいと思う。

全く私の独断、寛大なる愛知県民のみなさんの御勘弁に、感謝であります。




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  1. 2010/07/06(火) 00:16:22|
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