思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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TVタックル

あのビートたけしも、「TVタックル」では映像投射的な発言にはない。それは自身が抱く社会観への自己投射である。

彼の被り物好きは、彼の他者キャラクター化というお笑い領域を普及させておくためである。そのことにより、たけし自身が発する他者評価によって生じる人々からの批判に向けて、「他者評価の受け身が下手だな」と対抗するためになされる、"お手本指し示し"としての自身の被り物なのだ。つまり、あの被り物はお笑い領域の芸術ではなく、たけし自身が被り物上手に関する評論家君主の地位を確保するための、密かな土俵作りとその維持化を狙ったものである。

彼は他者キャラクター化評論する知識人に憧れている。批判の目を向けられた場合には、自らが被り物のキャラクター化に移行すれば足りると計算しつつ、自らのキャラクター化土俵に脅威のない知識人のみをお招きして、自らの箔付けに役立てる。たけしの恐縮とは"他者にはわからない天才自身が何故か感じてしまう恐縮"と、"どうでもいい他者に弱さを示しておくための被り物的な恐縮"が混在している。その微妙な区別を見抜いて監視できる人々が、彼の周囲にはいないのである。それは多分、母さきのみだけと思っているのだろう。

たけしは自らのお笑い趣味のため、政治のキャラクター化評論家を育てたことに気付いているのだろうか?取り巻きの方々の社会観が、他者を道具扱いしながら互いの仕事を支え合っている。シェークスピアの名言とチャップリンのヒトラー風刺が彼の評価基準なのだろう。しかしイタリア語などでは「歴史」と「物語」が重ねられている。

自らには確かに見える真実。たけしは、その真実が見えるのならば、今後来る者の中にもそれを見抜く極少数の人々がいると考え、その極少数の人々へ向けた刻印を充分に日頃の活動に取り入れているとは言えない。その内容はどうであれ、鳥居みゆきの場合には、その願いが含まれている。


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  1. 2010/06/07(月) 22:12:14|
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