思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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二刀流ルネサンス思考(3) ~模倣の多様性~




イタリア(マキャベリ)を中心としたルネサンスは、キリスト教が広がる以前の古代ギリシャ・ローマを模倣しようとした。ドイツ(ルター)を中心とした宗教改革は、教会の東西分裂がなされる以前の初期キリスト教を模倣のしようとした。

おそらく地域的に見てそれぞれ混在度に偏りがあったのでしょうが、まさにルネサンスや宗教改革の発生によって、それぞれ模倣対象の異なる人々が混在した、そんな状況が現れ始めた西欧だったと想像できます。もちろんルネサンス志向や宗教改革志向に限らず、すでに伝統保守化したカトリック勢力も残っていた(もはや二刀流じゃなくて、三刀流が必要?)わけですから、色々と複雑に混在して行ったと考えられ、西欧の中でもそれぞれの混在度の違いもあって地域的な特徴を見せ始めたと想像できましょう。


今日まで続いた西欧の台頭は、16世紀頃から強まった多様な模倣の混在とその歴史学の保存と宣伝にあったのだ。おそらくイスラム文化圏にも若干の多様なる模倣の混在状態があったのだろうが、しかし西欧のような歴史学(模倣対象の時期から現在に至った変化経過の吟味)につながる模倣として保存され宣伝されて来なかったために、似たような過激な原理主義が度々生じる社会的構造を維持してしまっている感じなのである。

そもそも西欧のルネサンスは先行していたイスラム文化圏の古典研究(ギリシャやインド)を見習って生じたのだが、しかしイスラム文化圏では社会的な古典模倣と伝統維持が混在した状態にたいする対処や、あるいは持続的に吟味されよう記録に残し宣伝することに欠けていたのだ。また現行宗教(免罪符販売)に変貌してしまった歴史的経過を吟味するための原理主義(ルターからランケ)へ発展しえなかった点も気になる一つに含まれよう。

たとえば西欧の混在状態には、普遍論争の実在論と唯名論、イタリアの教皇派と皇帝派、ドイツのカトリックとプロテスタントなど色々あった。もちろんイスラム文化圏でもシーア派とスンニ派の混在状態が問題になっているし、過去には哲学的論争の形跡もあったようである。しかしイスラム文化圏の場合は、国家的な混在状態の相違(たとえばイラン・イラク・シリアなど)を歴史学的に役立てられて来なかったのである。(たとえば西欧では、イギリス・フランス・ドイツ・スペインなどの国家的特徴に混在状態の相違を見て、かつ互いに周辺諸国の歴史について吟味し学的発表がなされて来たのである)


1890年代のフランスではタルドの『模倣 imitation』とル・ボンの『暗示 suggestion』の間で初期的な社会学的議論が話題になっていたそうだが、問題は『多様なる模倣が混在した社会的結果』やそれぞれが支持を集めようと行っている『多様なる暗示が混在した社会的結果』である。

やがてフランスではボードリヤールやフーコーらの構造主義が幾らか混在状態を調べるための方法を残したが、混在結果の社会学や混在結果の歴史学までには至っていない。

確かに16世紀以降の西欧文化圏では他の文化圏に先行して、多様なる模倣の混在状態を促進させ、かつ国家単位におけるそれぞれの混在状態を進めてきましたが、そんな混在結果についての社会学や歴史学までは充分に及んでいるとは言えません。
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  1. 2014/10/05(日) 14:30:12|
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