思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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『革命』の正体 ~夏目漱石『外発的開化』~




現在、『フランス革命』などに用いられる『革命』という英語は revolution である。しかしもともとの revolution の原意を想像しますと、地球の『公転』にも用いられることからして、コペルニクスが用いた『回転』の意味にすぎなかったように思えのであり、また後世になってからコペルニクスの改新性と合わさって『革命』の意味が加えられたようにも感じられます。つまりフランス革命とは新たな『自由』の実現がなされたものというよりかは、むしろ『自由』によって権限がひっくり返えされたという意味合いで受け取っていた西欧文化ではなかろうかとも思えてくるのです。

実際フランス革命が起こりますと、周辺諸国は革命の波及を恐れて対仏同盟を結んだりしましたが、それも単に外部に位置する新たなフランスの『革命勢力』にたいしてだけではなく、各諸国内において『権限の反転』の可能性を意識させた、そんな言葉の意味を含む revolution にも思えたりします。



さて話はかわり、第二次世界大戦後のフランスで生じた『反抗』revolte か『革命』revolution かという議論に移りますが、それは1951年、カミュの『反抗的人間』が出版されたのを契機に、革命批判をしたカミュにたいしてサルトルらの陣営が反応した形でありました。

そこでラテン語の語尾変化を参考にしますと、―――かなりに信憑性には欠けますが――――『回転させる』 revolvere の完了分詞『回転させられていること』の形容詞化が『反抗』revolutus の意味に相当し、受動名詞化『回転させれた結果』が『革命』revolutionis の意味に相当している感じがします。ただ動詞語尾との関係については詳しくわからないので要点だけ整理しますと、両者の語尾から【状態】の『反抗』にたいして【結果】の『革命』が成立し、共に『回転させる』の受動態に相当する『回転させられる』の意味合いを含んだものと判断できるでしょう。

一般的に言って、ラテン語源の名詞語尾 -tion とは漠然とした理論内容を含んむ名称となりがちであり、はじめは事実を表現するための言葉であったのが、逆に言葉で事実を説明する方向へ誘導させる特質を宿しています。たとえば様々な『反乱』(あるいは反抗) を収集命名していた中、特に目立った大きな成果が得られたと見なされる反乱にたいして名詞語尾 -tion でまとめて『革命』と呼ぶこととなり、そのため大きな事柄を扱おうとしながら、実は広い事実を見ないようにさせる効果を働かせているわけなのです。


Revolution


歌詞からわかるとおり、ビートルズの『レボリューション』は 「革命を起こそうぜ!」 と呼びかけたものでありません。逆に『革命』の名の下でなされている言葉の煽動状況を揶揄したものであります。ですから、サルトルよりも『反抗的人間』でプロメテウスに触れていたカミュの立場に近ったジョン・レノンだったと言えましょう。

また『レボリューション』では、『革命』revolution、『発展』evolution、『破壊』destruction、『解決』solution、『寄付』contribution、『体制』constitution、『設立』institution と他の -tion の言語使用にを並べることによって、機能主義 functionalism 的な社会学用語を揶揄した形なのです。

やはり登場人物型でドイツ実存主義の特質にあったジョンとしましては、素朴な外界写実よりも理性使用の側を吟味したカントように、言葉の使い方に関心を向けていたことになります。


My Revolution (1986)

Bad Communication (1989)

Lady Navigation (1991)

My Graduation (1998)

恋愛レボリューション21 (2000)

Evolution (2001)

ヘビーローテーション (2010)


さてここ日本の場合における外来語『~ション』には、やや小出し的な自らの内容説明の立場を確保するための先取り宣伝効果の雰囲気にあります。特に最近気になるものは、『コミュニケーション』、『モチベーション』、『イノベーション』あたりでして、多用することによって自らの解説役を印象づけようとし、中身の吟味をそらしながらも他者を評価し、アドバイス的立場にあやかろうと使用されています。

きっと外来語使用によって、海外動向を味方につけた日本国内向けの自己進出に役立つのでしょう。もはや夏目漱石が『外発的開化』と命名した明治維新からの伝統と理解した方がいいかも知れません。



話はもどりますが、フランス実存主義の『反抗』と『革命』の論争とは、イギリスの二大政党意識が欠如したものとして考えておけましょう。実際カミュの『反抗的人間』の第三章 「歴史的反抗」 では、フランス革命からはじまって、ドイツ思想、ロシアのテロ活動、イタリアとドイツのファシズムにマルクス主義などを扱っていますが、フランス革命以前の17世紀のイギリス市民革命についてはほとんど皆無なのです。

おおよそイギリスの場合は、王政復古 (1660) を経たゆえに保守思想のエドマンド・バーク (1729-1797) が登場したのであり、それが二大政党意識が広まるきっかけになったのである。テレビお呼ばれ評論家たちの国内向け外来語使用の様子を見る限り、日本には二大政党意識は根付くことはない。やっぱ自分の出番確保と組織確保のために根回しするのが、日本の二大政党制には似合う。


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  1. 2012/08/26(日) 19:30:31|
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