思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

『なぜ?』と『いかに?』 ~問題解決の囲い込み~



Yer Blues

ジョン・レノンはボブ・ディランの曲 Ballad of a thin man に謎って、Mr,Jones のような気分だと歌った。そうした状態を『ムンクの叫び』で言うならば、慣れ親しんだ生活から叫びの側へと関心が移り始めた時に、特に起こりやすいものなんだろうね。もともとのディランの場合は、古い伝統に固執したインテリ層を題材に世の中を風刺した感じが僕にはするんだけど。



Now you see this one-eyed midget

Shouting the word "Now"

And you say, "For what reason ?"

And he say, "How ?"

And you say, "What does this mean ?

And he screams back, "You're a cow

Give me some milk

Or else go home "

Because something is happening here

But you don't know what it is

Do you Mr,Jones ?


(Ballad of a thin man からの引用)



ご覧のようにディランは "what" と "how" を対置した形なんだけど、それは "how" への関心が人それぞれの世界解釈図式に関係していることによるんだ。

と言うのは、趣味が合う間柄では "how" の質問応答がスムーズに進むんだけど、わからない人たちからすれば "how" の質問自体が何に役立つかわからなくて "what" や "why" の繰り返しになる。

つまりジョンは慣れ親しんだ人たちの "how" から離れて叫びの側に入ってからと言うもの、新たに必要となる "how" による現実認識がない状況を Mr.Jones に重ねた感じなんだよね。



たとえばゲーテは『ファウスト』で『 "what" よりも "how" が大事』6992行 とホムンクルスに言わせているんだ。他にもメフィストフェレスには『悪魔は年寄り』6817行 とか『この世に新しいものは何もない』6862行 とも言わせているかな。

そう、自分の近所に限らず世界は動いていて、あらゆる事実が『いかに』によって解釈され続けているんだ。それは自分の中でたくさんの『いかに』を収集するだけではなくて、自分に限らずあらゆるところで様々な『いかに』が収集解析されている現実についての話なんだ。

するとわかるだろう?囲い込み自尊心たちは、『何の用?』って門前払いをしておきながら、台頭すると『あれ、何?』って軽蔑するように、いつまでも『何?』の連続で『いかに?』の収集解析が広がらないのがね。彼らの場合は小手先の "how to" に自尊心を持っているから、いつまでたっても広い社会的現実の "how" には気付かないんだ。

しかしながらディランの歌詞は囲い込み現行体制で重宝されている "how" であり、門前払いする人々の状態さえ理解していない Mr,Jones って感じなのかも知れないけど、とにかくジョン・レノンの Yer Blues を理解するには、人それぞれの関心領域によって "how" の連絡度が左右されている点を『ムンクの叫び』の中に読み取る必要があると思うね。



小手先の "how to" と神様から見えるだろう "how" 。

マネージメント論は歴史学を近づけたくないように、精神科医も社会学を近づけたくない。

全く分業知識体制が覗き見ダッコチャンに座席を用意されながら、それぞれの狭い専門領域を銅像像面で匿名他者に説明している。


While my guitar gently weeps



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
スポンサーサイト
  1. 2012/07/24(火) 20:45:28|
  2. 現代思想
  3. | トラックバック:0
次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。