思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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橋下徹論 ~挨拶待ちヒエラルヒーとの闘い~

今回の反橋下勢力には、何か惚けた口に出さない組織ヒエラルヒーのイメージの残骸を感じた。

彼らは上の人たちに挨拶まわりをしながら成長してきた今の自分を、そっと自分の頭の中で眺めているのだ。

そんな成長した自分に挨拶もなく改革を訴えるから、反橋下勢力でまとまるのである。

改革指令は自分が所属する上層部が行うべきで、自分を仲介しながら下層部への伝達指令役に従属したいのであろう。

つまり政治における情報流通や指令流通の暗黙のルールを信じ、それを計算しながら自分のステップアップを図ってきたのである。



橋下徹は、単に無駄をなくすためだけに二重行政改革を取り入れた訳ではない。それは政治や行政がタコツボ分散化されている原因に各人の自然化した挨拶まわりのヒエラルヒー構造に気付き、新たな連携意識が生じるよう模索した結果なのである。

そうなのだ。保守派は自らが 「自然」 と見なすもので団結し、橋下派の改革に 「不自然」 を見て反対したのである。

保守派たちは現状に自然な連携を見ながら、その連携を保ちながら改革しようとするが、しかし橋下徹が問題としたのは、そもそも自然なものとして自作自演されている連携自体なのである。

まさに二重行政とは、それぞれの挨拶まわりで形成されてきたヒエラルヒー構造のタコツボ分立化である。それぞれが分立された所属内の自然を見て、伝統化されたタコツボ分立の牽制関係さえ自然と見てきた訳である。つまり二重行政には弊害があっても機能している面がある自然と解釈し、一方の橋下派に 「不自然」 を見て反対したような形であった。



言ってみれば、橋下徹は夏目漱石と等しく反自然主義であったのだ。漱石の 「坊ちゃん」 はちょっとした復讐で身を引いたが、今回の橋下氏は、「坊ちゃんや嬢ちゃんでは出来ない」 と保守的な自然主義を揶揄する段階へ進んだのである。

(また話は反れるが、最近話題になったオリンパスや大王製紙の上層部に 「坊ちゃん」 の舞台となった愛媛県が見え隠れするのも、ただの偶然ではないのかも知れない。)


まさしく橋下氏は保守自然主義の組織と闘うために自らを独裁と主張したのである。戦後の日本は、自然な組織と考えられている【挨拶待ちヒエラルヒー】をイメージしながら、段階的な自己ステップアップ図式を基準として頑張って来た。しかし橋下徹にタコツボ化革命の新たな全体的社会の連携化を見れず、ただ組織の大切さを訴えながら自身のステップアップ図式を守ろうとしたのである。

橋下派の応援は、たいてい自然主義的な組織の改革を思案してきた個人であったが、一方の平松派の応援は、自然主義的な組織を守りたい組織ぐるみの人々であったのだ。

彼らが自然主義的な組織を守りたいのは、組織のためというより【挨拶待ちヒエラルヒー】を信じて頑張ってきた自分の、やっとの思いで獲得した挨拶待ちという肩書きである。

だから橋下派が自らがせっかく獲得した肩書きを無にし、顧客を奪ってしまう勢力に見える訳である。

おおよそ著名な方々の橋下嫌いとは、その政策の波及を問題としている場合もあるが、こそこそと自分の中もしくは自分の取り巻きの中で【挨拶待ちヒエラルヒー】を眺めながら頑張り充実してきた感じの人々だ。いい加減、それぞれが社会連携という共有意識を持ちながら進んでいく段階に入ってきた日本なのかも知れない。

もはや互いに府と市がタコツボ的に牽制しながら、中央のタコツボ挨拶待ちに挨拶まわりをしている場合じゃない。橋下徹は国際意識を共有する薩長連合を目指す坂本龍馬なのであり、その薩長連合を理解し頑張る職員を期待しているのであろう。



そんな訳で、みなさん。お歳暮と年賀状には、ヒエラルヒーやタコツボ表明じゃなくて、広い社会意識の共有化を宜しく。



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  1. 2011/11/28(月) 21:39:43|
  2. 現代思想
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