思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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日本左翼のダメ元憲法論による時間稼ぎ




「憲法は政府を縛るもの」という憲法論と九条護憲論の癒着構造について。

憲法には「政府を縛る条項もある」と表現せず、その特定条項を拡大解釈して一般化させた「憲法は政府を縛るもの」という表現(彼らは言論の自由でダメ元の偏向報道を行う)によって九条護憲を前提とした自己監視役に役立てているのである。

たとえば韓国の第六共和国憲法(1987)は、どちらかと言えば「政府を縛るもの」の傾向によって改憲されたものであるが、それは与党・護憲保守と野党・改憲改新の議論の中、かつ国民投票を通して行われた結果である。

しかし日本の現行憲法は国民投票を通さぬ改憲結果であり、かつ改憲条項に国民投票を要するとされており、それに「憲法は政府を縛るもの」が群がって九条原理主義を主張しているかのようである。(改憲保守と護憲改新という逆転構造の日本)

韓国の国民投票(民主化改憲の傾向)を通した1962年以降の改憲の内、1987年の大統領直接選挙化は民主化傾向の改憲、1969年の大統領三選化と1972年の大統領選挙非直接化は寡頭化傾向の改憲であった。(軍事クーデターや暗殺後の1962年と1980年の改憲は、混迷状況収束の寡頭化と与野党対立の緩和の民主化という両面があり、詳細吟味の必要あり)

改憲を重ねて来た過程における漸進的な民主化の傾向から「憲法は政府を縛るもの」という意見に一理あるのだが、その意見の主張には常態スタンダード化した時期の根拠説明を示す必要がある。たとえば名誉革命を終えた十八世紀のイギリスや十八世紀末のフランス革命に支えられた考えであるのか、それとも韓国の1987年憲法改正や中国の1989年の天安門事件に認められる民主化要求という、ここ二、三十年の話かということである。

しかし実際は、九条護憲を前提とした万年政府叩きを職種とする自己監視役の椅子のためにこしらえた風評基本論にしか見えない。自らの「憲法は政府を縛るもの」を憲法の基本としながら「政府は基本をわかっていない」とし、自らの基本論の説明責任を果たさないまま、自らの土俵に上げようとし続けているに過ぎないのだ。

少なくともフランスの第五共和国憲法(1958)は第四共和国憲法にたいして大統領権限を増した改正と見られている(大学受験における高校世界史)のであるから、「憲法は政府を縛るもの」の基本を主張する自称憲法学者らには、そのフランス憲法に関する見解と現在の持論「憲法は政府を縛るもの」の関係を示す説明責任があろう。

(いやはや自己監視役のための持論であるから、「政府の説明責任」を連呼することによって自らの説明責任を隠して来たのであり、これからも隠し続けたいのだろう)



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  1. 2016/02/01(月) 00:00:00|
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しがらみ文化論





世の中ちゅうのは、人それぞれ異なったしがらみの中で暮らしている中、それぞれが『私のしがらみについてろくに知らないくせして、他人は色々言いやがる』って思い合っているところなんだよね。

ちょっと言い換えれば、そうお互いが思い込むために自分のしがらみを非公開にしているのが実態なのだ。まるで非公開をルールであるかのように思い込ませている、そんな世の中の仕組みも知らないで。

実は非公開を維持させようとする権限ちゅうものがあって、下っ端にしがらみ公開を阻止させながら、こっそりと彼に権限昇進の参加資格を与えてやるのだ。

つまり現行の権限者も、まずは参加資格を獲得したのであり、そんな参加者たちの中から選ばれて来たわけである。

そんな分散化された人それぞれのしがらみと、その昇進システムに組み込まれた公開阻止の持続性に、色んな各地の文化を知る手掛かりがあるようである。



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  1. 2015/04/04(土) 17:32:57|
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河村たかし名古屋市長再選




自民党の『0増5減』では不十分ということの一提言、公共事業増強にたいする公開透明性への一提言として働くか?



岩手県・山田町の復興NPOの支出問題や復興費横流し問題と併せて、いい加減考え始めなければならない問題かもね。

まあ減税も困るが、非公開のシメシメ囲い込み使用も困るちゅうことやねん。



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  1. 2013/04/21(日) 21:19:37|
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『革命』の正体 ~夏目漱石『外発的開化』~




現在、『フランス革命』などに用いられる『革命』という英語は revolution である。しかしもともとの revolution の原意を想像しますと、地球の『公転』にも用いられることからして、コペルニクスが用いた『回転』の意味にすぎなかったように思えのであり、また後世になってからコペルニクスの改新性と合わさって『革命』の意味が加えられたようにも感じられます。つまりフランス革命とは新たな『自由』の実現がなされたものというよりかは、むしろ『自由』によって権限がひっくり返えされたという意味合いで受け取っていた西欧文化ではなかろうかとも思えてくるのです。

実際フランス革命が起こりますと、周辺諸国は革命の波及を恐れて対仏同盟を結んだりしましたが、それも単に外部に位置する新たなフランスの『革命勢力』にたいしてだけではなく、各諸国内において『権限の反転』の可能性を意識させた、そんな言葉の意味を含む revolution にも思えたりします。



さて話はかわり、第二次世界大戦後のフランスで生じた『反抗』revolte か『革命』revolution かという議論に移りますが、それは1951年、カミュの『反抗的人間』が出版されたのを契機に、革命批判をしたカミュにたいしてサルトルらの陣営が反応した形でありました。

そこでラテン語の語尾変化を参考にしますと、―――かなりに信憑性には欠けますが――――『回転させる』 revolvere の完了分詞『回転させられていること』の形容詞化が『反抗』revolutus の意味に相当し、受動名詞化『回転させれた結果』が『革命』revolutionis の意味に相当している感じがします。ただ動詞語尾との関係については詳しくわからないので要点だけ整理しますと、両者の語尾から【状態】の『反抗』にたいして【結果】の『革命』が成立し、共に『回転させる』の受動態に相当する『回転させられる』の意味合いを含んだものと判断できるでしょう。

一般的に言って、ラテン語源の名詞語尾 -tion とは漠然とした理論内容を含んむ名称となりがちであり、はじめは事実を表現するための言葉であったのが、逆に言葉で事実を説明する方向へ誘導させる特質を宿しています。たとえば様々な『反乱』(あるいは反抗) を収集命名していた中、特に目立った大きな成果が得られたと見なされる反乱にたいして名詞語尾 -tion でまとめて『革命』と呼ぶこととなり、そのため大きな事柄を扱おうとしながら、実は広い事実を見ないようにさせる効果を働かせているわけなのです。


Revolution


歌詞からわかるとおり、ビートルズの『レボリューション』は 「革命を起こそうぜ!」 と呼びかけたものでありません。逆に『革命』の名の下でなされている言葉の煽動状況を揶揄したものであります。ですから、サルトルよりも『反抗的人間』でプロメテウスに触れていたカミュの立場に近ったジョン・レノンだったと言えましょう。

また『レボリューション』では、『革命』revolution、『発展』evolution、『破壊』destruction、『解決』solution、『寄付』contribution、『体制』constitution、『設立』institution と他の -tion の言語使用にを並べることによって、機能主義 functionalism 的な社会学用語を揶揄した形なのです。

やはり登場人物型でドイツ実存主義の特質にあったジョンとしましては、素朴な外界写実よりも理性使用の側を吟味したカントように、言葉の使い方に関心を向けていたことになります。


My Revolution (1986)

Bad Communication (1989)

Lady Navigation (1991)

My Graduation (1998)

恋愛レボリューション21 (2000)

Evolution (2001)

ヘビーローテーション (2010)


さてここ日本の場合における外来語『~ション』には、やや小出し的な自らの内容説明の立場を確保するための先取り宣伝効果の雰囲気にあります。特に最近気になるものは、『コミュニケーション』、『モチベーション』、『イノベーション』あたりでして、多用することによって自らの解説役を印象づけようとし、中身の吟味をそらしながらも他者を評価し、アドバイス的立場にあやかろうと使用されています。

きっと外来語使用によって、海外動向を味方につけた日本国内向けの自己進出に役立つのでしょう。もはや夏目漱石が『外発的開化』と命名した明治維新からの伝統と理解した方がいいかも知れません。



話はもどりますが、フランス実存主義の『反抗』と『革命』の論争とは、イギリスの二大政党意識が欠如したものとして考えておけましょう。実際カミュの『反抗的人間』の第三章 「歴史的反抗」 では、フランス革命からはじまって、ドイツ思想、ロシアのテロ活動、イタリアとドイツのファシズムにマルクス主義などを扱っていますが、フランス革命以前の17世紀のイギリス市民革命についてはほとんど皆無なのです。

おおよそイギリスの場合は、王政復古 (1660) を経たゆえに保守思想のエドマンド・バーク (1729-1797) が登場したのであり、それが二大政党意識が広まるきっかけになったのである。テレビお呼ばれ評論家たちの国内向け外来語使用の様子を見る限り、日本には二大政党意識は根付くことはない。やっぱ自分の出番確保と組織確保のために根回しするのが、日本の二大政党制には似合う。


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  1. 2012/08/26(日) 19:30:31|
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資本主義の階層認識 ~肉屋のつぶやき効果~



ビートルズのアルバムの中には、アメリカで発売予定されていた『ブッチャー・カヴァー』という肉屋のジャケットのものがあったらしい。




肉屋に扮装したビートルズには、まるで世の中を食肉のように扱える立場になったことを示すと同時に、有名になっても先行肉屋たちから食肉のように扱われる存在であることを風刺した感じである。

『ブッチャー・カヴァー』の採用については、ジョンとポールが積極的であったらしく、ブライアン・エプスタインも使用を進めたらしい。

しかし結局は発売直前にもかかわらず販売元などからの不評によって回収され、ジャケットの改装変更となったと言うことだ。



全く自由競争の資本主義とは、肉屋が『弱肉強食』のイメージをサブリミナル効果で発し、そのサブリミナル効果が暴露されないようにと、日夜暴露する者を食肉にしておこうと密やかに工夫をこらす。

先行肉屋は暴露する者を叩ける者たちを採用し、学校ではいじめが広がる。

きっと先行肉屋たちは、いじめが生じていることでサブリミナル効果が効いている実態を確認できるから、こっそり喜んでいるだろう。

そう、彼らも先行肉屋たちに叩かれないよう、しかも喜ばれるための階層利用の秘訣を知って、歩いてきたからである。

彼らの知識財産とは、公開されることがない代々伝わるサブリミナル効果についての知識である。

そして自らのサブリミナル効果がバレないよう、問題領域を狭め続けておくために小出しのいじめ対策舞台も用意し、自らの権限領域に近寄られないよう、どうでもよい領域で賞賛していたい。

どうやら自分の出番確保を隠しながら『ひとのため』発信で競争するのが、しばらくの暗黙のルールである。



Злианора Ригби

Back in the USSR

I've just seen a face (2003)


肉屋のつぶやきとは、問題領域が遠くに置かれることを期待しながら、腹話術の顔でなされる。



【今日のお詫び】

本当の肉屋さんの皆様、ごめんなさい。

あくまでも真意は、弱肉強食の名目でこっそり社会階層を利用されている人たちのことですので、何卒ご了承ねがいます。


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  1. 2012/08/26(日) 19:24:57|
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