思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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なんちゃって語源論 ~『少ない』『すぐに』~




空間的量
『すくに有(あ)り』>『すくなり』>『すくなし』

時間的量
『すくに成(な)る』>『すぐになる』(何故か濁音化)



空間的量
『少(すく)』>『透(す)く』>『隙』>『隙間』

時間的量
『直(す)ぐ』>『過ぐ』>『過ぎる』(時間的な意味が語源の『過ぎる』?)



空間的量
副詞『少(すこ)し』
形容詞『少(すく)ない』
動詞『竦(すく)む』


時間的量
副詞『すぐに』
形容詞『凄(すご)い』
動詞『すぐる』




『少ない』がタミル語 cukku の対応語と見なされている点(大野晋『日本語の起源』より)が、ちょっと気になるんだよね。

よくわからないけど。
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  1. 2014/07/16(水) 22:01:19|
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形容詞・連用形『く』~ク活用とシク活用の仕分け地点?~




『なごり雪』(1975)では"君"と"僕"でカ行のkiとkuを示しながら名詞化イ段と動詞ウ段の関係が象徴されたが、『プレゼント』(1990)では"あなた"と"わたし"となり、リアルタイムだったkuの想起から「大好kiだったけど」の過去名詞形イ段で締められた。

そもそも何でカ行に注目したかと言えば、カ行活用動詞の終止形『く』と形容詞連用形『く』の共用によって、推移・移行のイメージが強化されている日本語と考えられ、動詞では特に『行く』『向く』『届く』あたりに強く認められます。

ところが他に方向性を表すものには、助詞『~に』もある。それは形容動詞の連用形にも似た雰囲気があり、形容詞の連用形『~く』と近い感じにあるのだ。

しかし似ていると言っても、その方向性には違いがある。たとえば形容詞『慎ましく』と形容動詞『慎ましやかに』を比べみれば察せられるとおり、直接的な形容詞と準備満載の間接的な形容動詞の違いが感じられる。一般的に方法や場所の選択比較の態度を思わせる『~に』にたいして、選択決定後の志向態度を表す『~く』のように感じられ、何となく柔らかめの『~ように』と硬めの『~ごとく』『~らしく』と言った感じです。


そこでカ行中心の話から次は形容詞カ行と隣接する形容動詞のナ行へ移りたいのだが、そもそも形容詞ク活用の二音語幹ものでは後音(二音目)部においてナ行回避の雰囲気が認められます。


形容詞ク活用

カ行『高く』『低く』『せこく』
サ行『浅く』『薄く』『細く』
タ行『固く』『厚く』『太く』
マ行『狭く』『寒く』『重く』
ヤ行『早く』『痒く』『強く』
ラ行『荒く』『軽く』『広く』


ハ行やワ行は面倒なようなので除外したが、たいていク活用二音語幹の後音がア段・ウ段・オ段となる状況にたいして、ナ行の『な』『ぬ』『の』に該当するものがこれと言ってないのだ。

(若干『しげし』『たけし』の例外もあるが、ク活用に習った『しげい』『たけい』には無理があるので、後音のア段・ウ段・オ段の親密性は働いている)

しかも古語のク活用形容詞には"多い"を意味するエ段の『まねし』が含まれていたというから、まさに異例中の異例と考えざるを得ないのである!

たいてい二音語幹の後音がイ段やエ段の場合は、『わびしく』『さびしく』『厳しく』『恋しく』『おいしく』、『嬉しく』『激しく』などとシク活用になるのが、『まねし』の場合はク活用とされており、繰り返すとおり後音におけるナ行の空白状況の異例さが重なっている。


ところがシク活用となりますと後音ナ行の『悲しく』『虚しく』『楽しく』が認められますので、おそらく後音ナ行の場合には古くからク活用を避けてシク活用になるような日本語体系にあったのでしょう。

その理由については、形容詞連用形の『~く』が似たような方向性を表すナ行に直接接続することを嫌い、『し』を挟んだシク活用の側へ向かわせたのかも知れません。





あなたが わたし"に" "く"れたもの。
  1. 2014/07/16(水) 21:59:27|
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昭和流行歌のカ行 ~あなたがわたしにくれたもの~




伊勢正三の『なごり雪』(1975)、吉田拓郎の『夏休み』(1971)、井上陽水の『少年時代』(1991)と、昭和二十年代生まれ・西日本出身者たちの歌詞にカ行の特徴を調べてみたが、もう少し拡張解釈できるよう幾つかを調べた。

まず『探偵物語』(1983)は「身動き」「出来ない」「好きよ」「きっと」「置き去り」「昨日」「時の」「指先」「気を」と『き』が多く、『く』は「くちびる」「動く」「めくる」と二つが共通する点で『なごり雪』と似ている。

逆に『く』か多い歌としては、中島みゆきの『時代』(1975)、武田鉄矢の『贈る言葉』(1979)をあげておけよう。特に『贈る言葉』は「暮れ」「ゆく」「贈る」「泣く」「嘆く」「傷つく」「臆病」「くらし」「深く」と多い。

『く』の散りばめ順序で特注なのは『異邦人』(1979)の「雲」「届くと」「行く」「ゆく」だ。「雲」「届くと」は過去の期待内容であり、現在形の「市場へ行く人」から進行形の「過ぎてゆく」「埋めてゆく」へと展開させている。

そもそも『帰って来たヨッパライ』(1967)で用いられた『く』は、頭上の「天国」と「雲」のみだったから、異邦人で唯一名詞として扱われていた「雲」も、ひょっとしたら帰って来たヨッパライの影響にあったのかも知れない。

帰って来たヨッパライ


そして平成に入った『おどるポンポコリン』(1990)となると、登場する『く』は「天国」や「雲」などではなく、「キオスク」のみとなった。

プレゼント(1990)

過去の自分に集まって来た動詞終止形ウ段たちと、それ以外にも散りばめられていた全世界の過去の動詞終止形ウ段たち。



かきくけご 鐘がなるなり プレゼント
  1. 2014/07/16(水) 21:57:07|
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夏歌と松尾芭蕉 ~カ行ウ段の『く』~




『なごり雪』を継いで、カ行の研究。


吉田拓郎の『夏休み』では、一度たりともカ行ウ段の『く』が現れず、代わってカ行イ段『き』の『消えた』『綺麗な』『絵日記』『あの時』『水まき』によって風景・記憶が強調される。

それはまるで芭蕉の夏俳句のようだ。


ところで同世代・同業者と言ってよい井上陽水の『少年時代』はと言いますと、ただ一回、『星屑』で『く』が現れています。

それはまるで芭蕉が用いた『夏草』のように、様々な人々がいる中のそれぞれ各人の動作(動詞終止形ウ段)を象徴しているかに思えます。

ただ『少年時代』のカ行イ段『き』は『あとさき』に限られ、『なごり雪』の『き』の多用、『夏休み』の『き』の散りばめとは大きく異なっています。





閑かさや 岩に染み入る 蝉の声


夏草や つはものどもが 夢のあと
  1. 2014/07/15(火) 23:03:35|
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形容詞におけるタミル語到来説




大野氏がタミル語対応語として取り上げられた形容詞。


高し takai
厚し atar
広し peru
太し putai
脆し muravu
辛し kar
悪し varu
青し avuri
白し teli
楽し tani(シク)
優し acai(シク)


その他で大変気になるタミル語対応の形容詞では、「多い」を意味する『まねし man』があります。気になると言うのも、ク活用形容詞の中で語幹部二音のものの語尾母音は、大概がア段・ウ段・オ段であるからだ。たとえば色の赤し・青し・白し・黒し、味覚の甘し・辛し・苦し、程度を表す高い・低い・広い・狭い・太い・細い・重い・軽い・強い・弱い・遠い・近い・深い・浅い・速い・遅い・厚い・薄い・暑い・寒いなど、いずれもア段・ウ段・オ段である。

一方、せいぜいエ段に該当するのは『繁(しげ)し』や『猛(たけ)し』ぐらいなので、なおさら『まねし』のエ段に異様さが感じられるわけでして、もっと日本語の雰囲気に馴染むように『まなし』とか『まのし』にしてもよかったんじゃないかと不思議に思えてきます。あるいはそこまでしてエ段を選んだからには、それを【土着日本語にはない外来語の雰囲気を保とうとした動かぬ証拠】と考えてよいものかと悩んでしまいます。

(ク活用形容詞の二音語幹ものにおいて、ナ行語尾は『まねし』のほかは皆無?)


それから若干話はズレますが、ク活用形容詞における二音語幹の語尾母音が殆ど【ア段・ウ段・オ段】であることと、動詞(ウ段語尾)の名詞化に相当する語尾が【イ段とエ段】(上下二段化と関係あり)であることとが、互いに相反関係にある点が気になるところです。
  1. 2014/07/15(火) 23:01:41|
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