思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

アビーロード ~社会観察と道~



今年のオリンピックはロンドンって言うことで、久々にビートルズを聴いた。

ほんま聴き始めてから今日までの自分を思うと、ものの考え方の変化には順序があったと、改めて実感した。



ただジョン・レノン派というわけではないが、 Let it be や The long and winding road は、歌詞を考えると、社会観察から目を反らせる感じがし、若干抵抗がある。

当時としては気に入っていたと思うが。

きっと『ホワイト・アルバム』に収録されたWhy don't we do it in the roadは、ジョンの方向性に触発された結果であって、それを road にまとめてしまったんだと思う。



それにしても、ビートルズ末期のポールには、当時から何か日本的なものが感じられた。

例えば『アビーロード』のジャケット写真を眺めながらレコードを聴いていると、妙にジャケットの明るさに苦しくなってきて、日本の卒業シーズンのイメージと重なる感じ?

特にB面最終部には『木綿のハンカチーフ』や『なごり雪』、それにユーミンの『ひこうき雲』や『古今和歌集』なんかのイメージも感じた覚えがある。



たぶん、僕は日本の春を通して、ポールのポーカー・フェイスを見ちゃったんだと思う。



Golden Slumbers~



ひさかたの 光のどけき 春の日に

しづ心なく 花の散るらむ



花の色は うつりにけりな いたづらに

我が身世にふる ながめせしまに



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
スポンサーサイト
  1. 2012/09/11(火) 19:14:22|
  2. 歌謡史
  3. | トラックバック:0

モーツァルトからの妄想 ~Roll Over Beethoven~




何かリズム感と言うか、曲調と言うか、似てる感じがする。

トルコ行進曲

for no one (1966)



アイネ・クライネ・ナハートムジーク

too much monkey businnes (1956)

your true love (1957)

ポールがヴォーカルの got to get yon into my life にも、近いもの匂う。

Roll Over Beethoven



モーツァルト (1756-1791)

ベートーベン (1770-1827)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
  1. 2012/09/11(火) 19:11:22|
  2. 歌謡史
  3. | トラックバック:0

【試作品】通奏低音とヴァイオリン ~階段ベース~




パッヘルベルの和音進行
Ⅰ-Ⅴ-Ⅵm-Ⅲm-Ⅳ-Ⅰ-Ⅳ-Ⅴ


パッヘルベル可能ベース (1)
1-7-6-5-4-(3)-4-5


パッヘルベル可能ベース (2)
1-7-6-5-4-3-(2)-5

パッヘルベル可能ベース (3)
1-7-6-5-(4)-5-6-7





はじめに自己流解釈が入り込んだものであって、音楽的専門知識に乏しい見解であることを断っておきますが、まずパッヘルベル・カノンの可能ベース (通奏低音) として階段状 (7小節から8小節の移行は例外) となる三つを想定してみました。

それらは三つとも5小節目までは同じ下降階段状で共通しており、谷に相当する最下点がそれぞれ (1) が6小節目、 (2) が7小節目、(3) が5小節目と異なっている過ぎません。特に (3) の8小節目の7音から次の1小節目の1音へ戻る移行では、きれいな階段状の連続になるため、永遠に続く下降上昇のサイクル階段です。

また (1) から (3) のそれぞれの可能ベース音は、可能ベース (2) の7小節目2音を除いて、すべてカノン・和音コードに含まれ基礎キー音より高いものであります。7小節目の『Ⅳ』にたいして『Ⅱm』の代用が示されるのは、その例外性をなくす要素もあるのでしょう。



【 all you need is love の階段ベース】

さて all you need is love の該当部分においては、コード基準音の近方推移――次に移行する音のオクターブ上下を比べ、より音の高低差が小さい方への移行――は高い方へと順次進行しています。



| all you | need is | love | love | love is | all you need | ~ LOVE IS | ALL YOU NEED |

(引用部分は最後の love is all you need の繰り返しに入るところが7と8小節目にあたります)

Ⅰ-Ⅲ-Ⅵm-Ⅰ-Ⅳ-Ⅴ-Ⅰ ~

基準 +2 +3 +2 +3 +1 +3 ~

(曲構成からして、実質、7小節目までが有効)



その点パッヘルベルのカノンは、7小節から8小節の推移が続けてプラスとなる例外を除けば、交互に下降上昇します。


Ⅰ-Ⅴ-Ⅵm-Ⅲm-Ⅳ-Ⅰ-Ⅳ-Ⅴ
基準 -3 +1 -3 +1 -3 +3 (+1)


つまり all you need is love の該当部分は、パッヘルベルのカノンの特質である『通奏低音とヴァイオリン』の関係から、下降上昇の和音コードを上昇一途に変換した形となっています。

ここからはさらにインチキくさくなりますので、話半分に流してもらいたいと思いますが、すると all you need is love の可能ベースが想定できます。


all you need 可能ベース (1)
1-7-6-5-6-7-1 ~

all you need 可能ベース (2)
1-7-6-5-4-5-1 ~


all you need is love もカノンの階段ベースを見習えば、上記のものが可能でしょう。想定したものは、はじめに下降し始める階段ベースでありますが、逆にはじめに上昇し始める階段ベースは困難であります。と言いますのも、たとえ2小節目で和音コードに含まれない2音を飛ばして3音にしたとしても、3小節目の和音Ⅵm (6・13) にたいしては和音Ⅵmのキー6以上の高音は6とオクターブ高の1のみ――カノン・コードでは和音キーよりも高い音をベースに使用しているから――なのです。つまり 1-3-6 ではなだらかな階段状にするには無理なわけです。

何を言いたいのか曖昧になってしまいましたが、要するにパッヘルベル・カノンには『通奏低音とヴァイオリン』の共存があり、all you need is love の該当部にも適用されているだろうこと。そしてそれがバロック期のドイツに由来するであろう理論的な見込みのためです。

all you need is love


なるほど出だしではフランス国歌が用いられている all you need is love ですが、それはバッハが組曲の呼称に『序章』を意味するフランス語 Ouverture を置いたのと似ている感じがします。ですから後半のドイツ的なパッヘルベルの雰囲気が基本な立場の曲でしょう。

グリーンスリーブス

また all you need is love の最終部分ではシェークスピアが活躍した頃にはあったであろう、イギリスの greensleeves が流れますが、パッヘルベルの階段ベースに向かわせると、次のような進行もあり?かと思われます。

|Em|Em|D|D|C|C|B7|B7|
|G|G|D|D|C|B7|Em|Em|

ボブ・ディランもヴァイオリンを織り交ぜた曲に仕上げてるし。

one more cup of coffee





【strawberry fieles forever】

| that is you | can't you know tune | in but it's all | right | that is I | think it's not too | bad | ~ |

(引用部は、二番後方のストリングス弦楽器が大きくなり始める部分)

Ⅳ-Ⅴ-Ⅰ-Ⅵm-Ⅳ-Ⅴ-Ⅳ-Ⅰ



この弦楽器が入った部分も、面白そう。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
  1. 2012/09/11(火) 19:08:38|
  2. 歌謡史
  3. | トラックバック:0

【試論】カノンコード形態論 ~時代世代の変移~




さてカノンコードについては勝手に【四番目の正直】や【三転び四起き】の特質を決めつけておきましたが、ここではさらにカノンコードの使われ方による様々な形態について考察しておきたい。

まずカノンコードの形態については、おおよそ次のように分類してみた。


【願望カノンコード】

『亜麻色の髪の乙女』'68、『翼をください』'71、Mr.Children『終わりなき旅』'98



【懐かしみカノンコード】

渡辺真知子『唇よ熱く君を語れ』'80(サワリ)、小林明子『恋におちて』'85(サビ)、テレサ・テン『時の流れに身をまかせ』'86(サワリ)、中山美穂『世界じゅうの誰よりきっと』'92(サワリ)

(内三曲はⅠやⅤの変わりにⅢmの変則使用?)



【応援カノンコード】

岡村孝子『夢をあきらめないで』'87、ZARD『負けないで』'93、岡本真夜『TOMORROW』'95



【信念カノンコード】

KAN『愛は勝つ』'90、『それが大事』'91、光GENJI『勇気100%』'93



【観照カノンコード】

BORO『大阪で生まれた女』'79、松任谷由実『守ってあげたい』'81、『クリスマスイブ』'84、spitz『チェリー』'96、木村弓『いつも何度でも』'01



【旅立ちカノンコード】

I WISH『明日への扉』'03、森山直太朗『さくら(独唱)』'03、コブクロ『桜』'05





最も初期に日本で広く普及したカノンコードの曲は教科書にも採用された『翼をください』であったと想定できよう。ただ『亜麻色の髪の乙女』の方が先行発売だったとは言え、それは島谷ひとみのリバイバル ('02) までメジャーではなかったと見なしておきたい。

まさに日本歌謡界におけるカノンコードとは【願望】の意味合いによって広まったのであり、『三転び四起き』の三転びには注目せず、四起きへの願望を翼に象徴させた形であった。しかしカノンコードの基本である {Ⅰ-Ⅴ{Ⅵm-Ⅲm{Ⅳ-Ⅰ{Ⅳ-Ⅴ{ にたいして『翼をください』の場合は最後を -Ⅰ{Ⅶ♭-Ⅴ{ としており、カノンコードがⅠからⅣへ+3していたのにたいして、ⅠからⅦ♭へとマイナスさせてからⅤへの急進的上昇を演出させているかのように思えます。



そうした状況から、やがて80年代後半から90年代前半にかけては【応援】と【信念】のカノンコードが流行しました。前者が女性ヴォーカルで、後者が男性ヴォーカルであったのも、単なる偶然ではなかったと思われます。そしてカノンコードの最終部が-Ⅰ{Ⅳ-Ⅴ{であるのにたいして、日本歌謡界では-Ⅰ{Ⅱm-Ⅴ{の形が多々用いられている感じもします。

それから『夢をあきらめないで』、『負けないで』、『勇気100%』は『翼をください』と同様にサビに限ってカノンコードが用いられた形ですが、『愛は勝つ』、『それが大事』、『TOMORROW』の場合は、新たにサワリとサビの両方で用いられ始めている点が特徴的と言えましょう。

おおよそヴォーカルの岡村孝子 (1962-)、坂井泉水 (1967-2007)、岡本真夜 (1974-)、KAN (1962-)、立川俊之 (1966-) の生誕年には、ある一定世代の傾向と留めておけます。



【応援カノン】の共通性については『~ないで』が用いられている点があげられ、『夢をあきらめないで』と『負けないで』ではタイトルとサビに、残りの『TOMORROW』では『見るものすべてに怯えないで』と歌われている。その『~ないで』とは、三転びの経験によって中断するのではなく、四起きへの持続を応援するのである。『翼をください』の【願望カノン】では三転びはさほど注目されていなかったが、【応援カノン】によって挑戦の繰り返しとして三転びによる中断を示唆しているのである。

こうした【応援カノン】が三転びによる中断から四起きに相当する『夢』、『ゴール』、『アスファルトに咲く花』へ関心を向けさせたのにたいして、【信念カノン】は新たな心の持ち方を訴えました。負けないこと、逃げ出さないこと、投げ出さないことと三転びの中断にたいしては四起きを信じ抜くことを訴え、そして必ず最後に愛は勝つと信じることを示した形です。



そして90年代前半に【応援カノン】や【信念カノン】が流行ってからと言うもの、今度は【観照カノンコード】の『チェリー』に認められるような、もはやサビにではなくサワリにカノンコードが用いられる形になっています。もはや【観照カノン】では【願望】、【応援】、【信念】もパターン化された一定の結果として観照 (現実認識) され、三転び四起きも経験知とされています。

実際のところ、『チェリー』では『曲がりくねった道をゆく』で三転びが観照され、『生まれたの太陽』で一つの四起きの状況が観照されるのであり、『いつも何度でも』では『海の彼方にはもう探さない』ときっぱりと願望や信念への頑張りを拒否し、『ただ青い空の青さを知る』と三転びからは観照を得るのである。

カノン進行との適合度については詳しく吟味できる立場にありませんが、遡ること『大阪で生まれた女』、『守ってあげたい』、『クリスマスイブ』に【観照カノン】の前身を考えておきたい。

『クリスマスイブ』は『きっと君は来ない』と三転びの経験で判断しているが、決して四起きを否定しているわけでもない。それは三転びの経験と四起きの夢を同時に想起した現実観照の意識を保っている。また『守ってあげたい』については一種の願望が示された形ではありますが、『あなたを苦しめるすべてのことから』と現実解釈 (観照) を進めていく動機が歌われているのである。そして『大阪で生まれた女』では、大阪での三転びあるいは青春の三転びにたいして、不連続な東京での四起きあるいは社会人の四起きを示唆している。しかしそこでは四起きへの願望が歌われているのではなく、むしろ青春時代に三転び四起きのパターンを観照し、今後の漠然とした三転び四起きへの踏み込みを描いた形なのである。

A Whiter Shade Of Pale
(直接カノンコードとは関係していません)



さて『亜麻色の髪の乙女』については、『翼をください』と同様に【願望カノン】に分類しておきましたが、それは理想像としての乙女であるからです。確かにその理想像の乙女にしても三転び四起きを経験し現実観照を獲得した人物として設定されている感じがしますが、1968年の状況からしますとやはり【願望カノン】の特質が強く、若干【応援カノン】を含んだ形でしょう。

ただ2002年の島谷ひとみによるリバイバルでは、『チェリー』や『いつも何度でも』を経過していたため、【観照カノン】を含んだ形で普及したと考えた方がよいと言えます。



そして『明日への扉』や『さくら(独唱)』の【旅立ちカノン】となりました。現在を節目となる三転びした後のひとときの四起きとし、未来の見知らぬ三転び四起きへ向かう感じである。『明日への扉』について言えば、それは『長すぎた旅のあと』のひとときの『たどり着いた』に立ち、『でこぼこの道』を歩き始めるのである。まさに【旅立ちカノン】の特質とは、過去と三転び四起きと未来の三転び四起きの中間点にひととき四起きを置いたことにあります。



以上、カノンコードとは【四度目の正直】や【三転び四起き】をテーマに含んだものでありまして、様々な形で全体の中に組み込まれることによって色んな様相を示している感じであります。

全く音楽のコード進行に関する知識は充分でないため詳細にふれることは出来ませんが、様々な変化アレンジによってカノンコードが応用されていると思われ、もっと多岐にわたる考察も必要となるでしょう。

おそらくカノンコードの三つの同一降下にある【Ⅰ>Ⅴ】【Ⅵm>Ⅲm】【Ⅳ>Ⅰ】とは、自分自身の三度の苦境の他に、人それぞれの苦境や世代それぞれの苦境などの社会的多様状況をイメージさせるものであろう。まるでそれにあわせてか、カノンコード自体も時代や世代によって、捉え方が異なっているかのようである。



さて『上からマリコ』については、【何カノン】って名付けようかな?

きっと『三マゾから四度目のサド』が鍵になりそうだね。


  1. 2012/06/08(金) 20:49:09|
  2. 歌謡史
  3. | トラックバック:0

勝手にカノンコード論 ~四度目の正直~




Ⅰ-Ⅴ{Ⅵm-Ⅲm{Ⅳ-Ⅰ{Ⅳ-Ⅴ{

このようなコード進行を『カノンコード』と言うらしい。たとえばキーCの場合は、次のようになる。

C-G{Am-Em{F-C{F-G{



これを音程の上下関係で表すと、こうだ。


0>-3>{ +1>-3>{ +1>-3>{ +3>+1{

基準>低>{ 高>低>{ 高>低>{ 高>高{

基準>凹>{ 凸>凹>{ 凸>凹>{ 凸>凸{


もっと言えば、おどけ気味の陽気な凸のムックに少々困り顔である凹のガチャピンに変換できる感じだ。

基準>ガチャ>{ ムック>ガチャ>{ ムック>ガチャ>{ ムック>ムック{



つまり三回のマイナス、凹、ガチャピンを繰り返した後、最後の四回目でプラス、凸、ムックを主張するコード進行なのだ。これを勝手に名付けて【四度目の正直】と言うことにする。

基本、カノンコードとは、三つ目の凸凹 [F-C] の後ろの凹に【今・ここ】の意識を立脚させ、最後の凸凸 [Ⅳ-Ⅴ] へ移行させようとするコード進行であろう。言い換えれば、三番目後ろの凹から四番目前方の凸が主題であり、四番目の凸は見つめられる未来予想図『四番目の正直』なのである。

パッヘルベルのカノン


平穏>苦境>{平穏>苦境>{ 平穏>現苦境>{現意識変換>目標{

(三度の経験想起と四番目の正直)

いやはや、『七転び八起き』じゃ数えるの大変だから、『三転び四起き』だな。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
  1. 2012/06/07(木) 20:30:43|
  2. 歌謡史
  3. | トラックバック:0
次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。