思考の社会学 〜心理学革命〜
「孤独」の社会学
2010/03/20 08:13

アメリカのリースマンが著した「孤独な群集」1950では、伝統志向、内部志向、外部志向と分類されていた。それは"群集の個々人に宿る孤独"と関係していることかも知れない。しかし知識社会学では、"「群集」と匿名の集団性として他者を解釈し始めたゆえに生じた孤独"と考えることになる。
まず全体的に伝統志向が蔓延していた時は、個々人にとって「群集」なる概念はさほど必要ではないし感じることはなかったであろう。その後、伝統志向ではない内部志向が現れることにより「群集」なる他者性を感じることになる。内部志向は内部志向であるがゆえ、他者の匿名性が増し「群集」を感じることとなり、さらに内部志向性により自我を確立しようとすることになる。また伝統志向維持の側も新たな内部志向の勢力が増してくれば、やがて「群集」を感じてくることとなる。要するに伝統的な伝統志向の基準の中で、時代変化により新たな「群集」なる匿名なる他者性が生じるのである。
私が見る限り、一般的になされているほとんどの「孤独な群集」の考察とは、伝統志向、内部志向、外部志向と、時代的な社会構造の変移と見なしているように思えるが、知識社会学の立場からすれば、伝統志向一元状況から内部志向、外部志向が順次入り込む多様化、混在化が実際の時代的な社会構造の変移と見なされる。それは個々人の伝統、内部、外部志向の多様化振り分けと同時に、個人内にも混在する志向となって行くものと思われる。「孤独な群集」とは、「多様化による孤独」あるいは「多様化なる孤独」である。
イギリスの自由観、寛容観では、伝統と自由の対立理念が共有化されている傾向にあるため、フランスやアメリカに比べれば急激な「孤独な群集」にはならなかったであろう。英語では「転がる石には苔ははえない」という諺があるが、それは伝統と自由の対応理念と共振したもので、イギリスでは伝統側優位の意味合い、アメリカでは自由側優位の意味合いで使われる傾向にあると言われている。アメリカのリースマンが、"伝統"を取り入れ、社会心理学を進められたのは、イギリスの"伝統"理念に遠からず影響しているものである。変な喩えかも知れないが、内部志向型は自尊心志向、外部志向型は虚栄心志向みたいもののようにも思えたりする。

さて「孤独な群集」よりも若干先に出版されたフロム著「自由からの逃走」1941を取り上げて見れば、"孤独"に関する叙述が伺える。それは自我の成長により個性化されていき孤独が増大する(第二章)と要約できるものである。フロムは第一章では、イギリスのデフォー「ロビンソン・クルーソー」1719、フランスのバルザック「幻滅」1837を引用しているが、そこにイギリスとフランスの孤独観のちがいを考察できる一端を認めてよいだろう。
まずフロムは、クルーソーさえもフライデーを必要をした点に触れはしたが、彼はもともと独りを願望していた訳ではなく、安定が約束された伝統的生活なるものを避けて新たな世界を求めた後に、予期せぬ独りの生活に至った点に触れていない。クルーソーは新たな人々の交流の中で新たな世界へ向かおうとしていたが、ある予期せぬ結果としての独りの生活になったのだ。「ロビンソン・クルーソー」は独立自尊の物語ではない。むしろ伝統主義との対話を失った自由主義の物語である。クルーソーの孤独とは「孤独な群集」とは異なり、伝統主義からの嘲笑や揶揄を受けない物語である。クルーソーは予期せぬ独りの生活に陥った時に何を思ったか?彼は「神が知らずにして起こるものは何一つないとし、自身に降りかかるすべてのことは神が定めたこと」と考えた。つまり「孤独は神が定めたこと」という解釈にほぼ同義である。ミルトンの「失楽園」1667にしても、アダムが神にたいして「孤独に何の幸福があるのか?」と問うと、神は「人間が独りでいることは善くないことは知っていた。いかなる者が己にふさわしいか、お前に判断できるかを試すために、先ほどの仲間を連れて来たにすぎない」と答えている。イギリスの孤独観には神から与えられた"試練"の意味が色濃く残されていると言える。(ミルトンが1633年の宗教裁判以後にガリレオ・ガリレイと会っていることも気になる点ではある) またマルサスの「人口論」1792、詩人J.キーツには、世界を"精神形成の場"とする理念が認められ、合わせてイギリスの試練的孤独観と考えておける。
一方、フランス側の孤独観はどうか。「自由からの逃走」で引用されているバルザックの「幻滅」を見れば、「人間は孤独にたいする恐怖を持っていること」、「運命を同伴してくれる他者を欲する欲望があること」を挙げ、それが失楽園のテーマにも接する事柄とされている。それは孤独を避けることに集中した記述であって、イギリスのような"孤独になった後に生じる過程についての社会的な意味づけ"が全くない。つまり孤独についての恐怖と欲求の心理学に徹している。
「自由からの逃走」は、イギリスにおいては「自由にたいする恐怖」と改題されたらしい。フランスでは孤独に恐怖を感じて、イギリスでは自由に恐怖を感じるのであろうか。"恐怖"について考えてみれば、それは、その場に置かれた先行きが予期できぬ状態、あるいは過去の不安体験を想像する現在の回避したい事柄である。フランスでは、孤独に先行き分からぬ状況を感じ、試練と感じることかできないゆえに恐怖を覚える。またスタンダールが「フランス人は一人で過ごさなければならなくなると不幸で滑稽な男と思い込む。だが孤独がない恋愛は何だろう」と記しているとおり、孤独は相手にされない状況となるフランスなのだろう。バルザックの名言、「"孤独がよいものだ"と、話のできる相手がいることは喜ばしい」とは、フランスで起こりやすいところの相手にされない憐れむべき孤独の恐怖のゆえ、その恐怖についての洞察により発せられたものであろう。
恐らくフランスの孤独観とは、社交場からの離反状況と想像できる場に主題がありそうである。ルソーの「孤独な散歩者の夢想」1782が代表例である。日常的な社交場とは虚栄心の場、想像とは孤独の場において著書に記され、その本から社交場の話題へと入り込んでゆく。社交場では想像同士の対話は全くなく、著書の話題によってのみ入り込むに限る。

まとめると、イギリスの孤独観は"試練"として共有され、フランスの孤独観は"想像の場"、もしくは"社交からの離脱"(疲れからの積極的離脱もあれば、不適応の失敗的離脱もある)として共有されているようなものであろう。例えばイギリスの孤独観としては、ビートルズの「レットイットビー」1970、ジョンレノンのアルバム「ジョンの魂」1970などに、試練に包まれた孤独や周囲に屈しない孤独を、またフランスの孤独観としては、エディトピアフの「愛の讃歌」1950、シルヴィバルタンの「あなたのとりこ」1968に試練なき反社交の孤独や情熱的突入の孤独を、私個人としては感じるが、いかがなものであろう……

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