思考の社会学 〜心理学革命〜
ギリシャ語とラテン語 〜言語と思考〜
2011/05/15 07:53

英語には古ギリシャ語や古ラテン語からの借用語彙が数々ある。日本語も例外ではなく、今ではテクニック、システム、ナチュラル、オフィスなど色々ある。そこでギリシャ語とラテン語の言語体系のちがいから、幾らかでもそれぞれの思考の形態と関連づけようと思うのだが、まずはギリシャ語 [-ic] とラテン語 [-al] から始めよう。

ギリシャ語 [-ic] とラテン語 [-al] のちがいとは、簡単な私見からして、それは【自己完結の分類思考】と【自己放射の形態思考】である。それぞれの代表語彙には、「自動」 automatic と 「放射」 radial をあげておきたい。[-ic] の自己完結性の傾向については、たとえばストイックやマニアックなどのように、名付けられる個体の自己内部に留まった完結様相の雰囲気にあり、まさに 「自動」 に代表される。そして [-al] の自己放射性については、フォーマルやカジュアルなどのような社会的場において人々に見られる、もしくは見せる自己放射的なスタイルを想定させる傾向にあり、何やら周囲への 「放射」 の雰囲気を含んでいる感じなのである。

もう少し踏み込めば、ラテン語 [-al] には、古代ローマにおける公共性の評価表に基づいた、いわゆる社会的場において相互になされる放射(評価の発信)の意味合いが残されていると考えられるのである。そこでは 「フォーマル」 のように名付けられる個体自体が、評価される周囲からの視線を自ら意識しながらフォームを形づくっている雰囲気がする訳である。

一方のギリシャ語の [-ic] では、古代ギリシャで求められた知の評価表の方が強く、個人的な努力による徳性の獲得が主題となった個人内部での完結性にある。それは古代ローマのような評価される周囲からの視線はほとんど意識されることなく、たとえばストア派(ストイックの語源)の無感動 apathia やエピクロス派の不動心 ataraxia と言った、ただ個人目標のみを見つめた個体の様相を表す接尾辞である。またギリシャ語 [-ic] については、紀元前五世紀のヒポクラテスや二世紀のガレノスの四体液説のそれぞれ四つの気質を意味する、自己完結的な個体内部の特質を表すことにも用いられている。(ただし多血質については、ギリシャ語源 plethoric? からラテン語源 sanguine へ変化したものと思われる)

要するにギリシャ語 [-ic] は、それぞれの個体の特質を表す傾向に偏っているため、社会的な場の中にある個体の様相が排除された雰囲気にあるのだ。まさに個人心理学の専門家に好まれるのに相応しいもののだろう。偏執病 paranoiac や分裂病 schizophrenic は、ギリシャ語を語源としている。

他にギリシャ語の自己完結性とラテン語の自己放射性の簡単なちがいを示しておけば、「共に走る」 を原意とする 「症候群」 syndrome と 「コンクール」 concursus (concours フランス語)に感じられ、それぞれ集合内における各個体が放つ相互的評価の有無にちがいが認められよう。



さて近代西欧思想が生じた歴史的経過をたどるために振り返っておきたいのだが、何よりもゲルマン人の侵入により西ローマ帝国が滅亡し、その頃にはキリスト教も浸透しつつあった西ヨーロッパである。西ラテン教会側は 「公的・広凡」 catholic と言う東西分裂以前からの名称を維持し、東ギリシャ教会側が新たに偶像崇拝を問題としたためなのか、「正統」 orthodox を主張し始めた感じであろう。共にギリシャ語を語源としていることからして、文化的にはラテン側がギリシャを尊重していた時代が伺える。

確かに近代西欧思想の発生要因には西ゲルマン語(イギリス、ドイツ、オランダ)についても忘れることは出来ない。しかしここでは聖書と西ゲルマン語を度外視して、ギリシャ語とラテン語が織りなしてきた近代西欧思想の発生と変容経過を中心課題としたい。

その大きな初期段階はラテン語的に対立した普遍論争、実念論 realism と 唯名論 nominalism である。その論議の内容とは、かなり多岐に渡りうる可能性を秘めた領域ではあるが、従来はギリシャ語的な [-ic] により、それぞれの個別な特質を分類することに満足してきたり、あるいは多神教的であるギリシャ神話のように、多様な個体(-icにより分類された個性)が寄り集まった物語進行の形で解釈される傾向の思考であったのだ。

ただし普遍論争とは、そうした従来の個別優先思考にたいして新たな普遍の必要性が割り込んできたものではない。むしろキリスト教が普及した結果、その定着してきた三位一体説などの普遍性示唆にたいして、新たに個別優先思考が問題提議をしたと言った方がよさそうである。つまり普遍理念の漸進的発展性を認めた上で、【信仰的な普遍理念】の使用状況にたいする【理性的形而上学的な普遍理念】のアリウス派(反三位一体説、理神論)が新たな問題提議者となるよりかは、【信仰的普遍理念】(実念論)にたいする【ギリシャ神話的な個別理念】(唯名論)の対立が中心的課題となった普遍論争だと言える。

ところで、ギリシャでは個別優先思考ばかりでなかった点にも注意しておこう。実際他にもプラトンのイデア論やアリストテレスの形而上学もあった訳だが、やがて快楽主義 hedonism や禁欲主義 asceticism と言った方向へ移ってしまったために薄らぎ始め、以後たびたび両者のイデア論や形而上学が小出しに顔を覗かせてきた形である。そしてラテン語を基調とした普遍論争の時代となって、ようやくプラトンやアリストテレスの再導入にいたる新たな領域が開けてきたと言った感じなのである。

なるほど、ラテン語 [-al] 自体でギリシャ語に馴染みが薄い社会的場の中での唯名論や実念論の放射の雰囲気が感じられるようになったのであるが、新たな波及効果として、唯名論 nomimalism と 実念論 realism と同時に、唯名論者 nonimalist と実念論者 realist が生じることにある。もともと [-ism] と [-ist] はギリシャ語に由来する接尾辞ではあったが、[-al] による社会的場の雰囲気が強く合わさり始めたために、理論内容に限定された主義対立に留まらず、その議論者たちが問題としていない領域を新たな第三者的立場が吟味できるよう、社会的議論の現実を示唆させる言語的雰囲気を担ったのである。

そして普遍論争から新たな展開を示した 「普遍」 の考察は、ベーコンの 「外への導き」 deduction である演繹法と 「内への導き」 induction である帰納法であろう。それは内なる現実観と外なる現実の関係を踏まえたことで、新たな展開の拠点となったのだ。

もはや問題は普遍の現実的な有無ではなく、普遍の現実解釈のための推論方法である。内なる理論的普遍を唯名論的普遍とし、外の現実的普遍については実念論的普遍と前提とした視座で、その検証や推論を問題としたのである。それは完全なる普遍は認識しえないとする唯名論の立場に立ちながら、より良い実念論へと向かう漸進的な発展を目指すイギリス経験論の特質でもある。

ベーコンの発想とは、三位一体説よりは明らかにアリウス派の立場に近いものであったと言えそうだ。実際、ゲルマン人の間では比較的受け入れやすかったアリウス派だったとのことだ。ある意味、ラテン語を外来語と冷静に見れるゲルマン語文化であったから、新たな演繹法と帰納法という内なる現実観と外なる現実を基礎とする方向へ進展しえたベーコンであろう。



次に生じた対立とは、合理主義 rationalism と経験主義 experimentalism である。ベーコン側のイギリスでは経験主義の方向に向かい、漸進的な普遍性の探求へ向かって行った。漸進的と言うからには不完全な事柄にも注意を払うこととなるため、懐疑主義 skeptic (ギリシャ語源)の様相を示すバークリーやヒュームも現れ、後のドイツで登場するカント哲学の半面側の領域を準備したのである。

一方、合理主義のデカルトも、初めは信じられるもの以外を切り捨てようと徹底した懐疑を試みてはいた。しかし 「我思うゆえ、我あり」 を発見した途端に、イギリス経験主義が問題していた普遍性の漸進的発展からは遠く離れてしまったのだ。つまりソクラテスの 「無知の知」 で言えば、【知】の側に捕らわれた合理主義と【無知】の側に注意を払った経験主義と分類してよいものだろう。



やがてフランス合理主義を中心とした啓蒙主義的風潮が流行し始めると、ドイツのカントが経験主義の示唆した普遍の漸進的発展について、現実側ではなく認識側の仕組みについて注目した。つまり合理的と自称する理性自体についての批判吟味 critic (ドイツ語 Kritik) を行ったのである。「懐疑」 といい、「批判」 といい、どちらもギリシャ語源である点で、ラテン語のような周辺他者へ放射させることではなく、自己内の理性使用に関する懐疑と批判へ集中した雰囲気を感じたい。カントの観念論 idealism と呼ばれる idea とは、ギリシャ語源でプラトンが問題とした領域である。それにラテン語 [-al] が追加されて、やっと論争の社会的場を共有しようと言った言葉使いになっているのだ。もともと懐疑や批判とは論争相手に向けられているのではなく、自分を含めた人々抱いているイデア(考え方)についてなのである。

またベーコンが問題とした誤謬 idola の原因論が、イデアと語源を同じくしているのも偶然ではない。おそらく西ゲルマン語圏(イギリスとドイツ)ではラテン語もギリシャ語と等しく外来語と感知できる利点に恵まれた結果と思われ、逆にラテン語圏(フランス)はギリシャ語のみを外来語と意識し、自言語については伝統的使用に慣らされていたため、その自身の特質を自覚出来なかったのだろうと思われる。ただイタリアでもヴィーコのように永遠の理念史 storia ideal eterna を説いてもいたのだが、主流には属せず、認められるまでに相当の時間を要している。



以降、観念論 idealism はマルクスなどの唯物論 materialism と対比されるようになったり、理想主義の意味に変わった idealism と現実主義の意味に変わった realism (普遍論争では実念論の意)の時代へと移っていった。それは時代の大勢関心事の思考形態の推移を意味している。ギリシャ語 idea にラテン語 -al が組み合わさった ideal には、普遍論争から現在にいたるまでの知識歴史学もしくは知識社会学の関心からしても、相当の深い意味が潜在していると言ってよい。またこれからの時代は、知識社会学 sociology of knowledge を、sociology of idea と言い換えた方が適切なのかも知れない。

いずれにせよ、普遍論争よりラテン語 [-al] による議論対立が顕著になり始め、プラトンのイデア論やアリストテレスの形而上学と共にギリシャ語 idea が入り込むんだ。その結果、個々の各人の自己完結(統覚)されたイデアの状態の省察が、カントをはじめとするドイツ語圏で進められたが、今ではテレビなど大衆文化の台頭で、各人がソフィスト的なギリシャ性をこっそり潜めながら表面的なラテン語 [-al] 思考が充満することになった現代である。要するに、ラテン的な社会的普及を目指す事柄の一つに ideal の現実解明を選ぶと言ったギリシャ性を求めないで、各人の策略的商業主義のソフィスト的態度によって [-ic] 系心理学を工夫工作することにギリシャ性が求められている現代なのである。



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