思考の社会学 〜心理学革命〜
ヘブライ思考とギリシャ思考
2010/08/19 23:51

先に示した旧約聖書に潜む思考形式なるものとは、古代ヘブライを代表するものでありますが、それを古代ギリシャの思考形式と比較しておきたいと思います。古代ギリシャと言えば、タレスから、ソクラテス、プラトン、アリストテレスなど、哲学が始められた文化なので、旧約聖書に記されている内容と比べれば、それはバビロン捕囚よりは後の時代に相当しています。互いに相互に文化交流がなされていた時期ではなく、それぞれの特徴が認められることでしょう。

まずは簡単にヘブライ思考とギリシャ思考の簡単な対比を記しておきますと、

1) 一神教 と アルケー
2) バベルの塔 と バルバロイ
3) 思い図り と イデア
4) 歴史的多様化 と 質料と形相
5) 創造物 と 自然

です。



旧約聖書が一神教的解釈図式で記されていることは、少し読めば誰でもわかることなのですが、その一神教の成果としては、【歴史的多様化の経過】についての関心が挙げられます。多神教的な解釈図式ですと、次々に多様化されてゆく状況と出会う度に、その新たな現象を説明しようと、順次新たな力を発する神を想定する形で満足してしまう傾向となるでしょう。古代のギリシャ神話などを見れば、その多神教的な見方の代表例に該当します。もちろんヘシオドスの「神統記」のカオスに一神教的な始まりを認められるのかも知れませんが、旧約聖書ほどには広く長きに渡り物語に入り込んだ理念ではないようです。

ギリシャの場合は、強固な一神教的解釈図式がなかったこともあってか、自然(フュシス)の根源物(アルケー)について考えて始めました。はじめにアルケーを「水」と見なしたタレスの時期は、おおよそ紀元前六世紀前半とされているので、ヘブライのバビロン捕囚と幾分重なった時期にあったと思われます。まあ、それぞれ旧約聖書とギリシャ哲学とでは取り扱う分野にズレがある訳ですが、ざっと見た感じでも、双方の違いが伺えるでしょう。

しかし旧約聖書にも多神教的思考が残されているものと考えられます。それは【イスラエル12部族】の体系であり、ヨセフ、ユダ、ベニヤミンなどと、それぞれに何らかの特質を設定しながら、物語の推移を描いていると想定されるからです。つまり旧約聖書とは多神教的なそれぞれの神々たちの発する力の源について考え求めたがゆえに、一神教的思考と組み合わされていると見なせるのです。その一神教的思考を支えている主なものとは、[歴史的多様化]の解釈図式でしょう。父ヤコブから12部族の多様化が生じ、バベルの塔から言葉の多様化が生じたと考えられている点が、その旧約聖書に見られる代表例です。

では古代ギリシャでは、どうでしょう。異民族について名付けられていた言葉、「バルバロイ」 (英語barbarian、「未開人」の意の語源となった)とは「わからない言葉を話す者」と言った意味で使われていた点で、旧約聖書のバベルの塔のような歴史的多様化の思考は働いていません。旧約聖書のような長い時間経過上の起きたことについて広く長く全般的に解釈する一神教にはないのです。結局は全般的歴史を見る一神教にはなく、後にアリストテレスが言う「不動の一者」のような始動原因として、一神教的な思考が働く形となったギリシャ文化なのです。始めの力が時間経過とともに分化しては様々が相互に作用し、結合生成したり衝突分裂したりとするのでしょうが、その多様化なり分化の歴史的変化について、それを旧約聖書のような神の未来の計画性(試練)と見る一神教にはありません。特に旧約聖書の場合には、ヨセフに語らせている、「私をここに遣わしたのはあなたがたではなく、神です」(創世記・45章・8節)のように、部分的な個人個人の相互作用の歴史経過としてではなくして、歴史経過を広く全般的に見る一神教を示しています。逆に言えば、部分的なそれぞれの力の相互作用で歴史経過を見るのが、多神教的な解釈図式の特質なのです。

もっともギリシャ哲学により近い観点を旧約聖書の中に求めようと思うのならば、それは「伝道の書」にあるでしょう。その中の一句「日の下に新しいものはない」(1章・9節)は、変わりゆく世の中を見て、何ら変わらない何ものかを示唆されている点で、ある程度はギリシャ哲学の「アルケー(根源)」を見つめる視線かも知れません。しかしギリシャ語のgenesis(生成)を考えると、ちがいが大きくなります。今日の西欧における旧約聖書の「創世記」には、Genesisがあてられている訳ですが、ギリシャ哲学では神の最初の【全体の創造】ではなく、現状の我々が目にする【個々が変化する生成】にも使われる言葉なのです。ヘブライ語では、1章1節の冒頭である「はじめに」を意味するベレーシースという言葉が「創世記」の題目にあてられているらしく、つまり【現在までの経過】を解釈することが大切なために「はじめに」と記される旧約聖書であるのに比べて、ギリシャ哲学では「はじめ」について考えるのであり、そこから理論展開がなされて行くのです。どの時間帯にも存在しているところの根源なのか、それともはじめにあたる始原なのか、[時間]について若干の見方のちがいが感じられます。旧約聖書では強引的ではありますが一神教であらゆる時間帯に関わっている根源を象徴させますが、ギリシャ哲学ではアルケーと始動因に分割させ、そこから論理的に組み立てる傾向にあります。

個々の変化について考える際には、旧約聖書は変化の原因ではなく経過を確かめるのであり、また変化後の結果を歴史的経過として見るのである。信仰を離れることとなった変化については、その背信の原因を解釈しようとするのではなく、背信後の歴史的経過として神の戒めによる外敵の侵入と解釈するのである。つまり旧約聖書とは、歴史的経過についての解釈を進めることによって、人間の歴史的展開がなされると考えられていると言えます。

一方、ギリシャ哲学では原因を考える傾向にあります。アリストテレスは四つの質料因、形相因、始動因、目的因を上げましたが、その内で時間的な変化を軸にしているのは始動因です。つまりギリシャ哲学は歴史的経過について始動因にを軸にして考えようとする文化です。確かに旧約聖書では、現在の苦境を過去の背信を原因と見なした叙述が繰り返されてはいます。しかし旧約聖書では必ずしも苦境の「原因」を探求している訳ではありません。むしろ信仰が軸であって背信の「結果」を示しているのである。

単純に言ってしまえば、旧約聖書は「how・いかに」思考であり、ギリシャ哲学は「why・なぜ」思考なのです。旧約聖書でもなされる「why・なぜ」思考、「なぜ、私は胎から出て死ななかったか」(ヨブ記・3章・11節)は、どうであろう。ギリシャ的原因論では死んだ胎児の医学的説明と対比させながら答えるのでしょうが、旧約聖書では全体を見る一つの神の立場から説明されるのである。そして死ななかった現在までの自分とすべての人間の生きてきた「how・いかに」を示唆することにあります。つまり旧約聖書は原因を求めるにしても個々の部分に限定した中で原因と結果を結びつけることを避けるために、一神教的な一つの神が顔を覗かせる形となっています。旧約聖書にとってアリストテレスが言う【部分的である始動因】とは、一つの神について考えない個々の思い図りのようなものです。「why・なぜ」によって探求される始動因としての個々の事柄の背後に、全体的な「how・いかに」を見るのが旧約聖書と言えます。まあ物語形式であることが自然と「how・いかに」思考の特質を示す結果となる訳なので、古代ギリシャ神話のホメロスやゼウスに始まる12神にも当てはまります。しかし一神教が前提とされた上で全体的「how・いかに」を描き、現在の自身の意識[今・ここ]を解釈内に位置付ける旧約聖書と、一方の部分部分の相互作用から全体性を解釈していこうとする「how・いかに」のギリシャ神話との間には、確かに違いがあるのです。



ここで旧約聖書の一節を拾っておきましょう。

[私はなお生きている生存者よりも、すでに死んだ者を、幸いと思った。しかし、この両者よりも幸いなのは、まだ生まれない者で、日の下で行われている悪しきわざを見ない者である。]

(伝道の書・4章・2ー3節)



簡単に言ってこの一句は、過去の者が"現在の状況について考えていたかどうがと言う問題から、未来の者が、"現在の状況ついて考えるであろうか"と言う問題まで含めている表現です。ローマのスキピオは「かつてアッシリアがあり、ペルシアがあった。今カルタゴが滅びようとしている。ああ、いつの日かローマも滅びるのであろう。」と言いました。しかし旧約聖書ではさらに、「過去の将軍たちも勝利した時には同様の思いを抱いたであろうか? またローマを滅ぼす将軍も同じ思いを抱くのであろうか? 」と付け加えるかのようなのです。そしてその勝利時の状況がどんなものであれ、神は知っていることが旧約聖書のテーマであって、人々が抱く思いも含めて、歴史的経過を広く全般的に見ている神の眼を想定した表現なのです。

旧約聖書ではそうした歴史経過について、随時一神教的な力の結果と解釈する傾向があります。しかし我々が歴史について様々な要因で説明しようとしても、その説明しうる要因がすべてではありません。確かに一神教的解釈は偏狭的な説明ではありますが、説明しえない要因で生じていることについても示唆させるものでもあります。神への信仰が足りなかったから苦難が生じたと考えたとしましょう。そこで一生懸命に信仰に没頭するだけが旧約聖書のテーマではありません。神がどんな戒め隠れて働かせたかという大まかなイメージのもとで、科学的な要因の探求をする意識なども広く含まれるものです。何故、偶像崇拝を禁止するのか? こじんまりとした偶像に没頭するのではなく、あらゆる実際の存在に宿っているだろう神の仕掛けの方へ目を向けさせるためです。ただ偶像崇拝と言う悪がなされるがために、戒めを受ける結果となるのではありません。偶像崇拝を行うと、現実の様々な要因を見ることを怠ることにもなるから、避けれる災いにぶつかると言う意味が含まれているのです。

我々が抱いている知識や思い、あるいは思想なり観念については、旧約聖書では[思い計り]であり、ギリシャ哲学ではプラトンの[イデア]が比較的中心とされている感じです。旧約聖書では知識を抱いている人々の実際の社会的影響や社会的変移を見る知識社会学の立場を残していますが、ギリシャ哲学では真なるものの追究の方に関心があり、後の近代思想に見られるベーコンが説いた偏見の要因についての[イドラ論]、あるいはマンハイムの知識社会学の基礎となっている[イデオロギー論]へとつながっています。(イドラやイデオロギーの語源はギリシャ語のイデアと同系列)

言ってみれば、知識社会学的な立場とは、広く旧約聖書を読まれていた西欧であったがゆえに、ヘブライ思考とギリシャ思考が融合された結果と見なせるのかも知れません。



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