思考の社会学 〜心理学革命〜
イスラエル12部族
2010/08/10 22:31

さてさて、ここではイスラエルの家系について整理をしながら、旧約聖書に潜む解釈図式と言うか、思考様式みたいなものを、若干なりとも浮き彫りに出来たらいいなぁ〜、みたいな感じに思っている。つまり実際のイスラエルの12部族がどんなものだったかと言う問題ではなく、その12部族について、旧約聖書ではどのような考え方を自ら組み立てていたのだろうかと言った、そういう関心で話が進められます。



まずはじめは何と言っても、イスラエルとはヤコブを意味すること(創世記・35章・10節)が起点となります。聖書を開くと、何度も顔を覗かせる「イスラエル」ですが、要するにそれは12部族の父ヤコブと意味が重ねられた文句です。そのヤコブの子らは全部で12人(創世記・35章・22ー26節、歴代志上・2章・1ー2節)。特にここで問題とされるのがレビ、ユダ、ヨセフ、ベニヤミンの四人であります。



(このイスラエル12部族の旧約聖書における位置付けを理解して行くには、「列王紀」や「歴代志」に記されている南北分裂を中心に遡る形でまとめるのも一つの方法であり、ここではその方法を採らせてもらいます)



その南北分裂にいたるまでのイスラエルの王国について見れば、「サムエル記」に記される初代サウルからイシボセテ、ダビデ、ソロモン、レハベアムと、彼ら四人の王の場合は、【ベニヤミン系統】と【ユダ系統】の二部族にありました。そして南北分裂直後における南ユダ王国側に集まった部族とは、その初代サウル王、イシボセテのベニヤミン系統とダビデ、ソロモン、レハベアムと続くユダ系統の二つの部族が結集(列王紀上・12章・21ー23節、歴代志下・11章・1ー3節)した形となっています。もう一方の北イスラエル王国側のヤラベアムについては、エフライムびと(列王紀上・11章・26節)の属する【ヨセフ系統】(創世記・41章・51ー52節)に該当しています。(ヨセフを抜き飛ばす形でヤコブからエフライムへとつながる事情については、創世記・48章・17ー20節に記されている事柄が関わっているのかも知れない)

ヨセフ・エフライム系統であるヤラベアムについてもう少し記しておくならば、ヨセフ(創世記・39ー50章)は兄弟たちによってエジプトへと売られた形ではありましたが、他の11部族と比べても早い時期からエジプトとのつながり(列王紀上・11章・40節)が深く、かつ順応性なり歴史的付き合いなりを多分に経験していた系統と見なしてもよいかも知れません。

しかし奇妙な話です。モーセによってイスラエルびと12部族の出エジプトが始められた訳ですが、「イスラエル王国」の名の由来となっているまさにヤコブ(イスラエル)とは、出エジプト以前の出来事なのであって、結果的に「イスラエル」の名には「出エジプト」の意味合いが薄れる形となっているのです。

実際、北イスラエル王国の側に「イスラエル」の名が与えられていた訳で、そのヤラベアム側の祖先ヨセフとは、エジプトからの脱出を自ら計画した部族の系統には属さず、ただ後の定めとして予言(創世記・50章・24節)しているにすぎません。出エジプトを始めたモーセとは、他の【レビ系統】に属しているのです。むしろヤラベアムの祖先ヨセフとは兄弟間のいざこざによって結果的にそうなったとは言え、エジプトで自らの活躍の場を得た人物です。つまり「北イスラエル王国」の響きには、「出エジプト」の意味合いはさほど強くないのであって、ソロモンが亡くなるまでエジプトにいたヤラベアムであったこと(列王紀上・11章・40節)、そのヨセフの系統のヤラベアムから始まった北イスラエル王国も、何の因果か、アッスリヤによる王国終焉時にはエジプトとの交流に運命(列王紀下・17章・4節)を見たかのように思えてしまいます。

全く「イスラエル」自体が北側のヨセフ系統と南側のユダ系統の双方の部族を含めているのにたいして、新たに生じた南王国側の「ユダ」の名の場合には、兄弟であるヨセフの意味合いを含んでいない父イスラエルからの分家同士で分離されているのです。つまりヨセフ系統が王に就いた北イスラエルよりは南ユダの名の方が、はじめにエジプト生活に拠点を置かなかった点で、「出エジプト」の意味合いを強めていると言えます。それに南ユダ王国を構成するユダ族とベニヤミン族の二つの部族の意味するところとは、第一回目のエジプト外交(創世記・42章)の後、第二回目の食料が底をついたゆえの外交(創世記・43章・1ー15節)において、ベニヤミンの保護人の役を先頭になって請け負ったユダの二人なのです。また一方の北イスラエル王国のヤラベアムとは、ユダとベニヤミンが向かったエジプトに早くから滞在していたヨセフの子孫であって、南北分裂の際には、何か二回目のエジプト外交への回帰らしきものが感じられたりする訳です。



ではイスラエルには、どんな意味合いがあるのかを想像してみましょう。それは父イサクから生まれた兄エサウと弟ヤコブの双子(創世記・25章・24ー26節)にありそうです。イスラエル(ヤコブ)とは「出エジプト」の意味よりは、むしろ兄エサウと分かれた象徴なのかも知れない。エサウからはエドム人が派生し、イスラエルにまだ王国がない時期に早くから王国を建てた人々の祖(創世記・36章)である。それは早期に安易な王政を築いたエジプトとエサウにたいして、イスラエルの充実した経験を通した王政樹立を意味するかのようです。イスラエル側が王国を樹立した後、ダビデがエサウの系統エドムびとを併合(サムエル記下・8章・14節、歴代志上・18章・13節)したことは、兄エサウを併合した弟イスラエルの王政統治の優位を意味し、ソロモンの時代、彼に対立したエドムびとハダデがエジプトに身を寄せた(列王紀上・11章・14ー19節)のは、先の早期王政樹立のエジプトとエサウと新たに樹立されたイスラエル王政の対比にあるのでしょう。



以上の要点をまとめてみれば、

1) エサウ(エドム)とヤコブ(イスラエル)の早期王政と晩成王政の対比

2) 南ユダ王国のユダ族、ベニヤミン族と、北イスラエル王国のヨセフ・エフライム族の対比

3) 「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」の【レビ族】モーセとアロン、「ヨシュア記」の【ヨセフ・エフライム族】のヨシュア、そして様々な部族の「士師記」から、「サムエル記」のイスラエル王国樹立におけるサムエルの【ヨセフ・エフライム?】(サムエル記上・1章・1ー20節)か【レビ】(歴代志上・6章・34ー38節)という大まかな流れ

これらを大まかにつかむことです。

旧約聖書とは12部族について記された歴史書と言うよりは、旧約聖書に潜む12部族についての考え方が歴史上で生じていたという証言書として、これからは意味をなしてゆくでしょう。



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